August 29, 2004

帝国の時代における民衆の力 アルンダーティ・ロイ (3)

つづきです。パブリックパワーを取り戻すために、抵抗運動が克服すべき3つの脅威はそれぞれにとても興味ぶかいものです。メディアに振り回されるという問題も、NGO化の弊害という問題も、いずれも鋭い分析だと思いました。

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アメリカにおいて、グローバルな正義を求める運動とネオリベラル派のクーデター政権[ブッシュ政権]がはじめて武力対決したのは、周知のように1999年12月にシアトルで行なわれた WTO(世界貿易機構) の会議でした。 長いあいだ孤立した戦いを強いられてきた多くの発展途上国の大衆運動にとって、シアトルのでき事は、自分たちの怒りや、もう一つの世界という自分たちの展望が、帝国主義国家の内部に住む人々にも共有されていることを示す最初の嬉しいサインでした。

2001年1月、ブラジルのポルト・アレグレに20,000人のアクティヴスト、学生、映画作家たち - 世界中の素晴らしい人たち - が集まって、自分たちの経験を共有し、帝国と対決するためのアイディアを交換しまいた。 これが今では歴史に残るワールド・ソーシャル・フォーラム(WSF)の始まりでした。 教条主義を排したアナーキーで精力的な新しいタイプの「パブリックパワー」が、はじめて正式に集結したのです。 WSF のデモの掛け声は「もう一つの世界は可能だ」というものでした。 その場は、何百という会話、討論、セミナーが行なわれる会場と化し、どんな世界であるべきかというヴィジョンがそれを通じて鍛えられ、磨き上げられました。

2004年1月に第4回のWSFがインドのムバイで開かれたときには、200,000人もの代表者が集まりました。 これ以上に刺激的な集会は、わたしはこれまで一度も経験したことがありません。 インドの主流メディアが完全にこれを無視したことは、この社会フォーラムの成功を示す一つのサインでした。 けれども今、 WSF はその成功ゆえに存続を脅かされています。 このフォーラムの安全で開放的な、お祭り的な雰囲気は、フォーラムが加担に反対しているような政治・経済システムに重ねられるような政治家たちやNGOたちのが参加し、彼らの意見を発表することを許すことになりました。

もう一つの脅威は、グローバルな正義を求める運動に決定的な役割をはたしたWSFは、みずからの終わりを招く危険をおかしているということです。 毎年これを開催するだけでも、何人かの優秀なアクティヴィストたちの全エネルギーが消費されてしまいます。 抵抗について会話することが実際の市民としての抵抗に置き換えられてしまうなら、WSF はそれが反対している勢力にとって逆にありがたいものになるでしょう。 フォーラムは開催されるべきだし、成長すべきだと思いますが、そこで話し合われたことを具体的な行動へと再び転換する方法を見いださなければなりません。

抵抗運動が国境を越えて広がるようになり、真の脅威となるにつれて、各国政府はそれに対処する戦略をつくりあげています。 その手法は協力から弾圧まで広くまたがっています。 今日、抵抗運動が直面する脅威を3つ取り上げてお話しましょう。(1)大衆運動とマスメディアの妥協点の難しさ、(2)抵抗運動のNGO化に潜む危険、(3)抵抗運動と抑圧を強める国家の対決の3点です。

マスメディアと大衆運動の妥協点の問題は複雑です。 政府が学んだのは、メディアは危機を追い続けるため、あまり長い間ひとつのところで時間をつぶすことができないということでした。 事業所が手元資金の回転を必要とするように、メディアも危機状況の回転を必要とするのです。 多くの国々では、国全体が古いニュースになっています。 それらは存在しなくなり、短期的なスポットをあびた前よりもいっそう深い闇にとざされています。 アフガニスタンで、ソ連が撤退したときそれが起こりました。 そして今、「不朽の自由」作戦が終了してCIAのハミド・カルザイが政権につき、アフガニスタンはふたたび軍閥たちに投げ与えられています。 CIAはまた別の工作員イヤド・アラーウィをイラクの政権につけました。多分メディアには他の場所に移動する潮時がきたということでしょう。

各国政府は危機が過ぎ去るのを待つという技を学びつつありますが、それに対して抵抗運動の方は次第に危機製造の渦にはまり込んでいます。気軽に消費できるような観客に親切なフォーマットで、危機を製造する方法を求めるようになっているのです。 すべての真剣な民衆運動、すべての「問題」は、みずからのブランドと目的を広告する熱気球を空に上げることが期待されています。このため、餓死者による貧困の宣伝効果は何百万という人々の栄養失調よりも高くなります。後者は絵になりませんから。 ダムは、それらによって災害が引き起こされ、テレビ向けの映像が撮れるまではニュース価値がない (その時には、もう手遅れなのですが)。 水位が上昇していく貯水池の中に何日も立ち続けて、自分の家と所有物が流されていくのを眺めながら巨大ダムに抗議するというのは、昔は効果的な作戦でしたが、いまはもうだめです。 メディアはもうあのシーンにはあきあきしているのです。 そこでダムによって住むところを失った何十万という人々は、新しいトリックを魔法のように呼び出すか、さもなければ闘争を断念することを迫られています。

多彩なデモンストレーションや週末の行進は不可欠ではありますが、それだけで戦争を止めるほど強力ではありません。 戦争が止められるのは兵士が戦うのを拒否したときだけです。労働者が武器を船や飛行機に荷揚げするのを拒絶し、人々が世界中に張りめぐらされている帝国の経済的な出先機関をボイコットしたときだけなのです。 もしわたしたちが市民としての抵抗のスペースを取り戻したいのならば、危機ばかりを追う報道や日常性を恐れるメディアの横暴から自分たちを開放しなければならないでしょう。 わたしたちは自らの経験、自らの想像力、自らの技術を動員して、残酷で不公正で容認し難いものが「常態」でありつづけることを保障している国家の機構を問いたださなくてはなりません。ごく普通のものごと──食物や水や避難所や威厳といったもの──が、普通の人々にとってこれほど遠い夢になってしまった政策やプロセスを暴き出さなければなりません。 真の先制攻撃は、戦争というものは欠陥のある不公正な和平の最終的な結果であるということを理解することです。大衆の抵抗運動に関するかぎり、結局のところマスコミ報道をどれほど積み重ねてみても、現場の大衆による迫力の埋め合わせにはなりません。 結局は、時代遅れの、骨の折れる政治動員に代わるような選択肢はないのです。

企業のグローバリゼーションによって、意思決定を下す人たちと、その決定の影響をじっさいにこうむって苦しむ人たちのあいだの距離が拡大しました。 WSF のようなフォーラムは、局地的な抵抗運動が裕福な国々の仲間たちと手を結ぶことによって、この距離を縮めることを可能にしています。 この同盟は重要で侮りがたいものです。 例えば、インドで最初の民間ダム、 マヘシャワール・ダムが建設されていたとき、Narmada Bachao Andolan (NBA)とドイツのUrgewald、スイスのBerne Declarationの三者が協力して、いくつもの国際銀行や企業をこのプロジェクトから締め出しました。 こういうことも、現場での強固な抵抗運動がなければ可能にはならなかったでしょう。 現場の運動の声はグローバルな舞台で支援者たちによって増幅され、投資家たちを当惑させ、撤退を余儀なくさせたのです。 特定のプロジェクトや特定の企業を標的した同じような同盟が無数に誕生すれば、もう一つの世界を可能にする一助になるでしょう。 まっさきに標的にすべきは、かつてサダム・フセインと取引をしていながら、今ではイラクの荒廃と占領から利益を得てきる企業でしょう。

大衆運動が直面する第二の脅威は抵抗運動のNGO化です。 これから述べることを、すべてのNGOに対する告発であると捻じ曲げて解釈することは簡単でしょう。 でも、それは正しくありません。 交付金めあてや税金対策(ビハールのような州では納税が免除される)のために創設された偽物NGOの濁った水の中にも、貴重な仕事をしているNGOはもちろん存在します。 けれども、もっと広い政治的文脈でNGOという現象をとらえることは重要なことです。

例えばインドでは、交付金を受けたNGOのブームがはじまったのは1980年代後半から1990年代にかけてのことでした。 それはインドの市場がネオリベラリズムに開放されたの時を同じくしていました。 この当時、インドの国家は構造改革の要求にそって、地方の開発、農業、エネルギー、運輸、公衆衛生などの分野への資金供給を打ち切りつつありました。 国が伝統的な役割を降りてしまったので、それに代わってNGOがこの分野に参入したのです。 これまでとの相違は、もちろん、NGOが使える資金は公的支出の実際の削減額に比べればほんのわずかな部分でしかなかったということです。

大型の資金を得ているNGOはたいていの場合、支援機関や開発機関の庇護下にあり、それらの機関は西側諸国の政府や世界銀行、国連、若干の多国籍企業から資金を供給されています。 まったく同一の機関ではないでしょうが、それらは確かにネオリベラルのプロジェクトを監督し、まっさきに財政支出の削減を要求する同じ緩やかな政治的つながりの一部なのです。 なぜこのような政府機関がNGOに資金を供給するのでしょう? 単なる古臭い伝道師的な熱意からでしょうか。 罪の意識からでしょうか。 真相はもう少し複雑です。 NGOは、国が撤退した後の空白を埋めているような印象を与えます。 確かにその通りなのですが、実質的には取るに足らないような役割しか果たしません。 NGOの本当の寄与は、政治的な怒りを和らげ、民衆が当然の権利として持っているはずのものを、支援や慈善として分け与えているところにあるのです

NGOは民衆の精神を作り変えます。 NGOは民衆を自立できない犠牲者に変身させ、政治的な抵抗の勢いをそぐ。 NGOはサルカールとパブリックのあいだで一種の緩衝材の役割をはたす。 帝国とその臣民のあいだで。 NGOは仲介人、通訳者、 世話人になったのです

長い目で見れば、 NGOは出資者に対して責任を負っているのであって、彼らがそこに入って働いている人々に対してではありません。 NGOは植物学者が指標種と呼ぶようなものです。 まるでネオリベラリズムによって引き起こされた荒廃が大きければ大きいほど、NGOの発生数も増大するかのようです。 なによりも辛らつにそれを物語っているのは、アメリカが他国を侵略する準備をするとき、同時にNGOにも現地に入って破壊の後始末をするよう用意させていることです。

資金供給を危険にさらすことなく、また受入国の政府に活動を容認してもらうことを確実にするためにも、NGOは自分たちの仕事を多かれ少なかれ、政治や歴史の文脈を刈り込まれた底の浅い枠組みにはめ込んで提示しなければなりません。 都合の悪い歴史や政治に触れるのは、ご法度です。貧困な国々や戦争地帯から発せられる、政治に無関係な(それゆえ、実際にはきわめて政治的な)窮状の報告は、結局のところダーク(陰惨)な大陸に住むダーク(色黒)な人々を病理的な犠牲者であるかのように感じさせることになります。 ほらまたひとり栄養失調のインド人、またひとり飢餓しそうなエチオピア人、またひとり身体障害のスダーン人が、白人の助けを求めている。 かれらは気づかぬうちに人種差別的なステレオタイプを強化し、西洋文明の偉業と快適さと同情心(愛の鞭ですが)を再確認します。 現代世界における世俗的な伝道師なのです。

やがては──より小規模ですがもっと狡猾に──NGOが利用できる資金がオルターナティブな政治の中においても、貧しい国々の経済に流入、流出するする投機的資本と同じ役割を演ずるようになります。 資金確保の要請が重要課題を規定しはじめます。 それは「対決」を「交渉」へと変化させます。 それは抵抗運動から政治的要素を取り除きます。 おまけに伝統的に独立独歩だった現地の民衆の運動にも干渉するようになります。 NGOの資金は現地の人々を雇用することができます。そうでなければ抵抗運動で活躍していたかもしれない人々が、雇われることによって何か直接的で創造的な善行をしているような気分になるのです(おまけに、この仕事についていれば生活費も稼げます)。 真の政治的な抵抗は、そのような近道はなにも提供してはくれません。 政治のNGO化で懸念されるのは、抵抗運動を、よく管理されたそこそこ満足できる9時5時のサラリーマン稼業へと変えてしまうことです。 いくつか役得も付くでしょう。 真の抵抗運動は真の結果を生みます。 でも給料はありません。