August 23, 2004

アメリカの政治の終焉

オリンピックで腹立たしいのは、BBC World Service のインターネット配信が中止されていること。ニュース番組は普段どおりに作られているのだけれど、そこにオリンピック関連の速報が混入するため、オリンピック競技に関する放送権が海外までカバーしていないBBCにはネット配信ができないということらしいです。つまり「放送権」という利権がらみの問題なんですよね。オリンピックは放送局にとっては4年に一度の稼ぎ時。放映権もお高いのでしょうが、それは結局スポンサーが払ってくださるわけで、それに見合う高視聴率を獲得するよう煽りまくれということになるのでしょう。お稼ぎ時ですから、ナジャフが空爆されていようが、ヴェネズエラでチャぺスが信任されようが、メディアのドン、ナベツネが辞任しようが、おざなりにしか報道されない。そんなものの報道価値はずっと低いらしい。BBCのネット配信停止は、いかに利権の方が優先しているかをよく物語っています。

それはともかく、アメリカの大統領選挙は選択肢のなさをグロテスクにみせつけています。ケリーとブッシュ、いったいどこが違うというのか。イラク侵略を肯定し、ブッシュの親イスラエル政策を全面的に支持する一方で、民生支出削減と賃金カットを容認するという最近のケリーの言動は、彼が奉仕するのも同じく軍事支出に支えられたアメリカの産業システムに他ならないことを露骨に示しています。現在アメリカのブログレッシヴたちのあいだで支配的なのは「どっちもひどいが、少しは害のないほう」を選ぼうというケリー支持。でも、もしかすると結果的にはケリーの方がタチが悪いかもしれないと、ジョン・ピルジャーが論じています。
The Warlords of America
Bush May Be the Lesser Evil

真の問題はブッシュかケリーかということではなく、彼らに代表されるシステムだ。真の民主主義が衰退し、それに代わってアメリカ風の「安全保障国家」がイギリスなど民主主義を標榜する国々に勃興してくる状況だ。そこでは人々が牢屋に送られ、鍵は投げ捨てられ、指導者たちは遠く離れたところでじゃまされることなく戦争犯罪を推進する。・・・真の問題は、かつてないほど人類を分裂させ、毎日24000人もの人々を餓死させるようなるシステムに、国家経済が従属させられていることだ。真の問題は、政治的な言語の衰退、議論そのものの衰退、つまるところはわたしたちの自尊心の衰退だ。


では、どうしてそんな事態になってしまったのか? 
アメリカで、かつて市民権拡大や社会改革を推進した民主党が衰退して右翼化し、二大保守政党による支配という現行体制ができあがった経緯を、ヴェトナム戦争ショックのあった60年代末期にさかのぼって説明しているAdrian Kuzminskyの次の記事は、コンパクトにまとまっていて読む価値ありです。
Adrian Kuzminski: Why Perot Was the Last Serious Challenger of the Duopoly

要旨:1968年の民主党大会はベトナム介入の是非をめぐって大あれとなり、同党の支持基盤を形成しているネオ帝国主義の冷戦推進派と積極行動主義の社会改革派の二者の提携が危機に瀕した。 後者は1972年の大統領選挙に際してマクガヴァン候補を押し立てて党勢の挽回を図ったが、それは党内の冷戦推進派を右翼陣営に追いやることになり、最終的にはマクガヴァンの惨敗によって民主党が少数政党の地位に転落したことを決定づける結果になった。

その空白を埋めたのが、愛国主義、フリーエンタープライズシステム(自由企業体制)、アメリカの軍事積極主義復活を唱える保守主義運動の巻き返しだった。ヴェトナム戦争敗北のショックと60年代の反体制文化の「いきすぎ」への反動として、富豪保守政治家たちの出資によって保守系財団や出版物、大学の研究職、メディア機関などが次々と創設され、フリーエンタープライズシステムやアメリカの世界覇権主義をこぞって推進した。これに加えて、企業勢力は宗教的な原理主義者たちと提携をむすぶことによって、従来の進歩主義者たちとの提携に代わる民衆的基盤を手に入れた。

民主党が少数派になっている事実は、同党が連邦議会の過半数を占めていた(94年まで)り、ペロー候補のおかげでクリントン政権が誕生するという幸運によって長いあいだ隠されていた。社会改革派はひきつづき民主党支持にとどまっていたが、党の上層部はすでに改革派路線では選挙に勝てないと判断し、着実に右傾化していった。ここで社会正義と民主主義を推進する説得力のある主張を再構築できなかったことが民主党の未来を閉ざしてしまった。保守派は「大きな政府」を攻撃し、彼らが進める「規制緩和」は単に経済の領域にとどまらず選挙資金の調達方法にまでおよぶようになり、政治プロセスの腐敗は決定的なものになった。すでにカーター政権の時代から、保守派は共和党だけでなく民主党のリーダーたちも手の内にとりこみ、右翼二大政党による独占という現在のシステムをつくりあげていた。

右翼二大政党システムはいまや挑戦をゆるさぬほど強固なものになっている。ラフル・ネーダー、パット・ブキャナン、ハワード・ディーン、デニス・クシニッチなど様々な候補者の敗北の歴史がそれを証明する。ケリーの右翼的な選挙運動は、ブッシュの国内搾取と海外侵略主義とほとんど変るところがなく、アメリカの政治議論に意味がなくなっていることを再確認させる。アメリカの大多数の人々にとっては、政治行動をするための有効な手段がなにも残されていないのだ。それゆえ、多くの人々が政治プロセスに参加するのをまったく止めてしまった。

今後も右翼二党の独占体制はますます強固になり、市民的自由は後退していくだろう。いつのまにか、アメリカ人は自覚もないままに政治的自由を失ったのだ。この二大政党支配に対して少しは実のある挑戦が行なわれたのは、たぶんロス・ペローの1992年の大統領選出馬が最後だった。彼が候補者討論に参加しつづけ、最終的に20%ちかくの票を集めたという事実は、近年のアメリカ政治史においてもっとも過小評価されているできごとではないだろうか。ペローは社会改革派でもリベラルでもなかったが、少なくとも開かれた政治システムにはどんなことが許されるかを示してくれた。だがそれ以降は、二党独占が再編され、企業の支援を受けた「超党派」の討論委員が、二党以外の候補者が選挙民の前に現れることのないよう厳格に取りしまる制度ができあがっている。

こんな状態だから、アメリカの政治的自由は衰退し、ごう慢で無知な支配階級によるチェックを受けない政治が続くことになる。テロとの戦争には終わりはない。なぜならばテロリストの定義が次第に変化し、この二党独占体制に反対するものは誰でも(国内でも海外でも)テロリストだというふうになってきているからだ。

Adrian Kuzminski is Research Scholar in Philosophy at Hartwick College in Oneonta, NY, and a former official of the Green Party in New York State. He can be reached at adrian@clarityconnect.com


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